鈴木商店こぼれ話シリーズ㉙「神戸高商初代校長・水島銕也氏は、神戸市立神港橘高等学校の前身の一つ神港商業学校の初代校長も務めた」をご紹介します。

2018.5.8.

mizusima tetsuya kocho.jpg明治35(1902)年、東京高等商業学校(現・一橋大学)に続く2番目の官立高等商業学校として、神戸高等商業学校(現・神戸大学)が設立された。創立者でもあり初代校長に就任した水島銕也は、東京高等商業学校が学理を中心にした教育を行ったのに対して実務を重視する観点から商業学校からの入学を認めるなど独自の入試制度や教育課程を整備し、東京高等商業学校との違いを際立たせ名校長と称された。

豊前国中津藩(現・大分県中津市)出身の水島銕也(元治元(1864)年8月1日~昭和3(1928)年11月2日)は、横浜正金銀行勤務をへて、神戸高等商業学校創立準備から大正14(1925)年まで20数年間校長を務め、徹底した実践主義を貫き、同時に国際商業人育成に功績を残した。

新興財閥の鈴木商店には高畑誠一、永井幸太郎、西川(旧姓須原)政一を始め多くの神戸高商出身者が入社した。

商業学校からの入学に門戸を開いた水島は、神戸高商校長時代の明治40(1907)年4月~明治43(1910)年2月までの約3年間、神港商業学校(私立学校)の初代校長を兼務している。

神港商業学校は、明治40(1907)年に私立学校として創立されたが、水島校長が退任された後の明治43(1910)年4月より神戸市立に移管。大正10(1921)年、同校を卒業した須原政一(後の西川政一、日商第4代社長、日商岩井初代社長)は、商業学校出身者として神戸高商に入学し、水島校長の下で学んでいる。

なお、神港商業学校は、昭和24(1949)年に神戸市立湊商業高等学校(旧・神戸女子商業学校)と統合して神戸市立神港高等学校となった後、平成28(2016)年に兵庫商業高等学校と再度統合があり現在の神戸市立神港橘高等学校に至っている。

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