神戸新聞の連載「遙かな海路 巨大商社・鈴木商店が残したもの」の第6回「川崎造船所の悲願」をご紹介します。

2016.6.14.

matukatasyouzoukoujirou.PNG

神戸新聞の連載「遙かな海路 巨大商社・鈴木商店が残したもの」の本編「第1部 創業のころ(6)川崎造船所の悲願 第1ドックの難工事完遂」が、6月12日(日)の神戸新聞に掲載されました。

今回の記事は、川崎造船所が社運をかけ6年にわたる難工事の末に明治35(1902)年に完成し、その後の同社の飛躍の礎となった第1ドック((かん)ドック)のお別れ会が平成25(2013)年10月22日、川崎重工業神戸工場にて開催され、111年の歴史の幕を閉じたところから始まります。

川崎造船所は、川崎正蔵によって明治11(1878)年に東京・築地に創業した川崎築地造船所を起源とし、明治19(1886)年に払い下げられた官営兵庫造船所を母体に、川崎築地造船所を神戸に集約して「川崎造船所」と改称して再出発しました。明治29(1896)年に(株)川崎造船所が設立されると川崎正蔵は、後継者として内閣総理大臣を二度、大蔵大臣を7度務めた同郷(薩摩)の先輩であり自らの事業の恩人でもあった松方正義の三男・松方幸次郎を初代社長に迎えます。社長となった松方は次々に新機軸を打ち出し積極的に設備投資を行い、急速に同社の業容を拡大していきました。

出自も育った環境も対照的であった松方と金子直吉でしたが、ともに神戸を本拠地として国家的事業を推進した実業家として共通点・共感するところが多く、友人として親交を深めつつ、ビジネス面でも多くの場面で協力していきました。

このほど他の6か国の建築作品とともに世界遺産(文化遺産)に一括登録される見通しとなった東京都上野公園の国立西洋美術館は、第二次世界大戦後にフランス政府の所有となっていた西洋絵画・彫刻などからなるいわゆる「松方コレクション」が寄贈・返還されるに際し、同コレクションを受け入れるため近代建築の三大巨匠の一人・フランスのル・コルビュジェの設計により建設されたものです。

松方は鈴木商店ロンドン支店の一室にオフィスを構えると、川崎造船所で建造したストックボート(見込生産方式で建造する規格船)を大量に売捌き巨額の富を成しました。一方で、松方は「日本国民がそれまで見たこともなかった本場の絵画や彫刻を見せたい」という高い志をもってロンドン・パリを中心に膨大な数の美術品(前記のコレクション)の収集を進め、これら美術品購入の際には資金の立替え・支払いを鈴木商店(支店長・高畑誠一)が担いました。

なお、松方幸次郎は明治32(1899)年、今回の連載を企画されました神戸新聞社の初代社長にも就任しています。

写真は、川崎造船所の創業者・川崎正蔵(右)と、正蔵に請われて同社の初代社長に就任した松方幸次郎です。

下記関連リンクの神戸新聞社・電子版「神戸新聞NEXT」から記事の一部をご覧下いただくことができます。

関連リンク

TOP