厚狭(山口・厚狭市)

厚狭川上流より日本化薬・厚狭工場を望む
山口県西部の厚狭盆地に、わが国初の民間火薬メーカー”日本火薬製造”が誕生
厚狭地区は、山口県西部の旧山陽町(現・山陽小野田市)の中心地。
"3年間寝転がってばかりの、一見ただの怠け者の男"が、突然起き出した末に灌漑など大きいことをするという民話が厚狭に伝わっている。これは全国各地に伝わる”三年寝太郎”伝説の地元バージョン”厚狭の寝太郎”として知られる。
厚狭地区を流れる厚狭川には、実際に寝太郎の集めた資金により整備したとされる堰(せき)があり、「寝太郎堰」と呼ばれている。また、厚狭駅前には、稲束とクワを持った巨大な寝太郎の像が設置され、地元民に親しまれている。
大正5(1916)年、民間爆薬製造を企画した実業家・山本条太郎が、金子直吉、茂木惣兵衛(横浜の生糸商社・茂木商店3代目)と共に日本初の産業用火薬メーカー”日本火薬製造(株)”(現・日本化薬(株)の前身)を設立し、厚狭作業所にて製造を開始した。