株式会社大本組

米騒動の際、鈴木よねを救った大本組

大本組は、明治40(1907)年に創業者大本百松が弱冠16歳で建設請負業に身を投じたことから始まっております。大本百松は、因島にて後に播磨造船所技師長となる三上英果の信頼を得て、大正7(1918)年に相生へ進出し、播磨造船所の拡張工事を請け負います。

米騒動の際、大本百松は「鈴木商店が危ない」という知らせを受け、総勢30名を連れて神戸製鋼所に駆け付けると、「鈴木よね社長が須磨の別荘に避難されている。大本組はよね社長の護衛をしてほしい」と頼まれ、別荘前の殺気立った民衆に「この家は、わしが預かっているので、わしが話を聞こう」と民衆を落ち着かせ、退散させたといわれております。この時の縁により、大本組は、鈴木商店の関係事業に参加するようになり、特に鈴木商店が出資する信越電力・中津川発電所の難工事を完工させ、更なる発展の基盤をつくります。この一連の歴史は、人気漫画家・本宮ひろ志先生による劇画『百松魂‐明日への挑戦‐』に詳しく描かれております。

現在の大本組は東京本社、岡山本店を中心に全国に支店・営業所を配しており、無借金経営と60%を超える高い自己資本比率に代表される健全な経営体質を誇っております。

創業以来、土木事業を主体として新幹線や本四連絡架橋など国内のビッグプロジェクトに数多く参入しておりましたが、公共事業の縮小が顕著になる中、民間発注者主体の建築事業へのシフトを実現し、現在では首都圏を中心に建築受注が7割を超えるとともに、現在、全事業の受注も急拡大しており、平成26(2014)年には、創業107年を迎えております。

大本組は、建築を中心に、土木、海洋土木を含めた全分野をカバーする中堅ゼネコンですが、建築分野では特に商業施設や物流センター、工場、オフィスビルに、土木部門では、港湾、トンネルのほかニューマチックケーソン工法における無人化施工等に大きな強みがあります。その他にも、神戸・岡山の社有地において太陽光発電事業を実施するなど環境に配慮した事業展開を図っております。

また東日本大震災においては、被災地の復旧活動はもちろんのこと、余震が続く中でも被災したお客さまに支援物資を届けに駆けつけたほか、役職員自らもスコップを持って瓦礫除去のボランティアに加わるなど、まさに体を張って社会やお客様に貢献しております。

関連リンク

TOP