58629蒸気機関車(平成19年頃)

昭和16(1941)年12月14日、内陸の築別炭砿駅から国鉄羽幌線に至る16km余りを結ぶ羽幌炭砿鉄道が開通した。そこには鉄路の建設資材と機関車の調達に関して創業時の人々の筆 舌に尽くしがたい苦労があったことを忘れてはならない。当時は戦時下であり、資材不足は深刻を極めたが、同時に機関車の調達にも大きな困難が伴った。創業当時の保有車両は蒸気機関車2両、貨車1両で昭和17(1942)年度の乗客は12,208人、貨物輸送量は91,575トン、1日の運行は4往復、「築別炭砿駅-築別駅」間の運行に約2時間を要した。その後築別・羽幌両砿業所の出炭量の飛躍的な増加に伴い鉄道輸送能力の増強がはかられ、昭和32(1957)年10月、国鉄から国鉄8620形(8653)蒸気機関車の払い下げを受けた。この時点での保有機関車は昭和18(1943)年購入の鉄道省9040形(9042)蒸気機関車、昭和24(1949)年25(1950)年購入の国鉄8100形蒸気機関車2両(8114、8110)、それに昭和29(1954)年購入の鉄道省C11形(C111)蒸気機関車と合わせて5両であった。昭和34(1959)年には、札幌鉄道局から同年廃車となった国鉄8620形(58629)蒸気機関車の払い下げを受けた。同機関車は大正11(1922)年に日立製作所で製造され、当初、東京鉄道局に配置された後、昭和7(1932)年に札幌鉄道局(深川、旭川、遠軽、北見機関区)に配置されていたもので、昭和45(1970)年12月の羽幌炭砿鉄道廃線まで稼働した。その後、「羽幌町勤労青少年ホーム」の敷地内に静態保存されていたが、平成21(2009)年に解体された。                                                      ※58629蒸気機関車は、鉄道院(国鉄の前身)によってはじめて本格的に量産された旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車である国鉄8620形(愛称「ハチロク」)の同系車である。

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