サラワク国王・ラジャ・ブルック(ヴァイナー・ブルック)と依岡省輔

1840年代の初め、ブルネイ王朝統括下にあったサラワク州総督となりラジャ(国王)の称号を与えられた英国の冒険家ジェームズ・ブルックは、独立したサラワクの初代国王となった。白人としてアジアに初めて王国を築き、サラワクがマレー連邦に加わった後も三代にわたって白人のラジャの時代が続いた。

鈴木商店とサラワクの繋がり、ラジャ・ブルックとの友好関係については、英米文学研究家・中島俊郎の論文「ミッショナリーとしてのラジャ・ブルック」に詳しく記されている。初代ジェームズ・ブルック、二代目チャールズ・ブルック、三代目ヴァイナー・ブルックと続いた白人王国と鈴木商店の関係は、白人の君主・ジェームズ・ブルックの活躍に感動した依岡省三(依岡省輔の兄)が明治43(1910)年、金子直吉の命を受けてゴム栽培調査のためサラワク政庁を訪れた時に始まる。

日本とサラワクの関係が最も緊密になったのは、三代目ヴァイナー・ブルックの時代で、鈴木商店のサラワクでの事業展開が大きく前進した。

関連資料

  • 来日した三世ラジャ・ヴァイナー・ブルック一行と日沙商会幹部(後列左から二人目が依岡省輔)

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