嶋内義治

労務担当部長としての強烈な責任感をもって、戦後の混乱期に荒廃した炭鉱の復興と発展に尽力

生年 明治37(1904) 年4月15日
没年 昭和50(1975)年10月26日

高知県の東端、室戸岬に近い漁村、室戸町に米殻商の四男として出生。尋常高等小学校を卒業後、鈴木商店に入社し函館支店勤務。昭和2(1927)年に鈴木商店が破綻した後は樺太に渡り、青年実業家として塩、水産加工品、水あめなどの販売業に従事し成功を収める。しかし、その後太平洋戦争の影響を考慮して樺太を去り、昭和18(1943)年2月5日、羽幌炭砿に入社。経理部長(経理・労務を統括)、常務取締役(労務部長、営業部長、羽幌砿業所長を兼務)。

労務部門も担当した嶋内は職員や鉱員を叱咤激励する役割を一手に引き受け、中途半端な仕事ぶりを決して許そうとはしなかった。生来の強烈な責任感と真正面から仕事に向き合う姿勢はここでも健在であった。

終戦時に発生した朝鮮人労働者の暴動、赤化した労働組合との対峙など幾多の困難にも正面から取り組み、戦後の混乱期に荒廃した炭鉱の復興と発展に尽力した功績は極めて大きい。

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