石油・その他の事業への展開

多様な経営多角化で一大総合商社の誕生へ

多角化路線を加速させた鈴木商店が、第一次世界大戦が終結しワシントン軍縮会議が開かれる大正11(1922)年までに新たに設立したり、買収した企業は優に40社を超えた。この時代の特筆すべき事業に石油事業、セメント・窯業事業がある。

鈴木商店の石油事業は、創業期に設立した「神戸石油商会」に始まる。大正7(1918)年、後藤新平の要請を受け経営不振に陥っていた「帝国石油」の経営を引き受け、従来の秋田沖の採油事業のほかに、ペルシャ原油の輸入に乗り出した。さらに原油輸送のため播磨造船所でタンカーの建造やペルシャ原油精製のために徳山製油所の建設に着手する。

大正11(1922)年、帝国石油は旭精油系の旧・旭石油と合併し、鈴木商店系の新生「旭石油」(初代社長は松方幸次郎)となる。鈴木破綻後、同店元東京支店長・長崎英造は旭石油再建に尽力し、さらに昭和17(1942)年、早川石油、新津石油との3社合併を実現して「昭和石油(現・昭和シェル石油)」が誕生し、初代社長に就任。

金子直吉は、国家がやるべき海外の石油鉱区の開発にも関心を持ち、インドネシア・スマトラ島ジャンビ州の石油鉱区の買収を巡るロイヤルダッチとの抗争を演じたが不調に終わった。

セメント・窯業事業では、「旧・日本セメント」がある。官営深川工作分局セメント工場を起源とする同社を大正末期に系列化した鈴木商店は、長崎英造を役員に送り込む。昭和14(1939)年、同社は浅野セメントと合併し、新生・日本セメントが生まれる。その後さらに小野田と合併して今日の太平洋セメントに発展する。

窯業事業では、非鉄金属分野向け耐火黒鉛ルツボメーカーの 「彦島坩堝」(現・日新ラフラテック)がある。大正7(1918)年、鈴木商店によって下関・彦島に設立された。

既述以外にも多様な事業が展開された。
〇化学事業:日本火薬(大正5年)、帝国燐寸(大正5年)、
〇紡績事業:佐賀紡績(大正5年)、三国紡績(大正8年)
〇保険事業:大正生命保険(大正2年)、新日本火災海上(大正9年)
〇炭鉱事業:帝国炭業(大正4年)、沖見初炭鉱(大正5年)、大源鉱業(大正9年)、神之浦炭坑(大正5年頃?)
〇発電事業:山陽水力電気(大正7年)、信越電力(大正8年設立)、大田川
 水力電気(大正10年設立)
〇その他の事業:日本トロール(大正10年)

こうして事業の多角化により「総合商社の源流」(故桂芳男・神戸大教授)と呼ぶに相応しい陣容となり、商社の歴史に物産・鈴木(三井物産・鈴木商店)の二大商社の時代が記された。

関連リンク

  • ペルシャ湾から原油を輸送してきた干珠丸(大正11年)
  • 日本初の民間大型タンカーとなる橘丸
  • 東洋燐寸工場全景(NPO法人神田雑学大学提供)
  • 神ノ浦炭坑(福岡県)
  • 建設当時の信越電力・中津川発電所

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