飽くなき事業展開~合成アンモニア等

我国の化学工業の先鞭をつけた鈴木商店

福沢桃介は、「明治・大正の産業革命は、鈴木商店から発せられた」と評し、その論拠として、ディーゼルエンジン製造技術の導入による「運輸交通の高速度」(神戸製鋼所)、「人絹の製造」(帝国人造絹糸)、合成アンモニアによる「窒素肥料の製造」(クロード式窒素工業)がいずれも鈴木商店が端緒を開いた先駆的な事業であることをあげた。

合成アンモニアについては、ロンドン支店の高畑誠一を通じてフランスのレール・リキド社のジョルジュ・クロード技師が開発したアンモニア合成技術「空中窒素固定法」の特許を取得、大正11(1922)年に下関・彦島にクロード式窒素工業(現・下関三井化学)を設立した。この合成アンモニア工業は、高温・高圧で触媒を使用することから我が国の重化学工業の先鞭となる事業で、今日の巨大装置産業の基礎を築く画期的な役割を果たしたといえる。

またこの技術により、従来輸入に頼っていた窒素肥料を国産に切り替えることにより輸入肥料の90%近くを節約できるとされ、低廉な肥料を供給し、食糧問題の解決にも寄与することが可能となった。

クロード式窒素工業が建設された関門海峡の彦島では、対岸の大里と同様に日本金属・彦島製錬所、彦島坩堝など鈴木系企業の進出が相次ぎ、一大工業団地が形成された。労働人口も急増、これに対応して事業拡大を図る山陽電気軌道、長府土地に対し鈴木商店は出資して進出企業との一体化を図った。

なお、鈴木商店と化学工業の覇を競う日窒コンツェルン、旭化成の創始者・野口遵も、人絹製造と空中窒素固定法によるアンモニア合成を手掛け、鈴木商店とは二大新事業で激しい競争を繰り広げた。

関連リンク

  • クロード式窒素工業(現・下関三井化学)
  • 下関三井化学の現在の工場と石碑
  • 「我国安母尼亜(アンモニア)合成工業発祥之地」と記された石碑
  • 鈴木商店時代からの建物(変電所)
  • 変電所説明のパネル

TOP