金子直吉に関する関係者・各界人の言葉シリーズ①「鈴木家・金子家の親族の言葉」を掲載しました。

2019.6.18.

kanekonaokiti6.PNG鈴木商店の大番頭・金子直吉については数々の逸話(エピソード)や秘話が語り継がれていますが、当記念館に掲載中の「鈴木商店関連資料」「鈴木商店関連出版物」を始めとする鈴木商店関連の出版物の中には、序文、回想録、感想文などの形で金子と同時代を生きた関係者・各界人による言葉が少なからず収録されています。

この度これらの言葉の中から何点かを選び、次のように分類しましたので、本日から5回シリーズで紹介してまいります。

①鈴木家・金子家の親族の言葉 ②鈴木商店元社員の言葉 ③鈴木商店ゆかりの企業の幹部の言葉 ④各界人の言葉 ⑤鈴木商店研究者の言葉

これらの言葉は金子直吉に対する関係者の生の声であり、彼の人間性・人物像がかなりの確度で正確に描写されていると思われます。後世の私たちはこれらの言葉を通じて、事業に対しては人並み外れた熱情を示し不撓(ふとう)不屈(ふくつ)の精神力を発揮する一方で、情愛細やかで情操豊かな慈父のごとき一面をあわせ持つ金子の人物像に接することができるでしょう。

なお、今回使用した出版物は次のとおりです。

◯金子直吉伝(昭和25年2月15日発行、編輯人:白石友治、発行:金子柳田両翁頌徳会)
◯柳田富士松伝(昭和25年2月15日発行、編輯人:白石友治、発行:金子柳田両翁頌徳会
◯松方・金子物語(昭和35年6月1日発行、著者:藤本光城、発行:竹内重一)
◯金子直吉遺芳集(昭和47年1月1日発行、編集人:柳田義一 [辰巳会本部])
◯財界人物我観(昭和5年3月発行、著者:福沢桃介、発行:ダイヤモンド誌)
◯沈みつ浮きつ(著者:山下亀三郎、発行:四季社)
◯昭和経済史への証言(昭和41年11月発行、編著者:安藤良雄、発行:毎日新聞社)
◯日米船鐡交換同盟史(大正9年12月30日発行、編纂兼発行:日米船鐡交換同盟会)
◯播磨造船所50年史(昭和35年11月30日発行、編集者:播磨造船所50年史編纂室)
◯総合商社の源流 鈴木商店(昭和52年11月28日発行、著者:桂 芳男、発行:日経新書)
◯金子直吉と商人倫理(日商岩井の広報誌・月刊「トレードピア」1981年4月号、著者:大塚 融:元NHK記者・鈴木商店記念館監修)
◯大番頭金子直吉(平成25年9月8日発行、著者:鍋島高明、発行:高知新聞社)
◯昭和金融恐慌秘話(1999年3月1日発行、編者:大阪朝日新聞経済部、発行:朝日新聞社)

syuppannbutu3.PNG          ※左より「松方・金子物語」「柳田富士松伝」「総合商社の源流 鈴木商店」               

tyuusyutusoseki.PNG           ※左より「財界人物我観」「昭和経済史への証言」「大番頭 金子直吉」

シリーズの初回は「鈴木家・金子家の親族(*)の言葉」をご紹介します。

(*)鈴木岩蔵、金子文蔵(ぶんぞう)、金子武蔵(たけぞう)の各氏

iwazoubunzoutakezou.PNG          ※左より、鈴木岩蔵、金子文蔵、金子武蔵です。

鈴木岩蔵(鈴木岩治郎の三男、帝国人造絹糸初代社長、太陽曹達初代社長、太陽鉱工初代会長)の言葉(抜粋)
「記憶力の良いことは頭脳の明晰と共に金子氏の特色の一つである。それが如何にして常に保たれていたかというと、永年の間に養われた随時随所で五分でも十分でも熟睡すること出来た精神集中力である」

金子文蔵(ぶんぞう)(金子直吉の長男、太陽産業監査役、太陽鉱工監査役)の言葉(抜粋)
「父は仕事には実に熱心で真に全身全霊を打ち込むことのできた人でした。(しか)し、家庭では実に謙虚で温情にみちた人でした。父は子孫に美田を残さずとの信念で、実に清廉にして私欲がありませんでした」

金子武蔵(たけぞう)(金子直吉の次男、東京大学文学部教授、哲学者・倫理学者)の言葉(抜粋)
「冷酷と虚偽の多いこの世の中において、愛情と真実との存在を証明してくれたのは、ほかならぬ父だけである。耐えられないほどの苦しいことのあるとき、私は父のもとに帰りたいと思う。『タケゾウ、もう働くのはよせ』という声がすれば、いまでも私は喜んでこの世を去るであろう」

鈴木家・金子家の親族の言葉を一言で表すと、金子直吉は「事業に全身全霊を打ち込む一方、清廉にして私欲をもたず愛情・温情に満ちた人」とも言うことができるでしょう。

詳細については、次の関連ページをご覧下さい。

人物特集>金子直吉>金子直吉に関する関係者・各界人の言葉シリーズ①「鈴木家・金子家の親族の言葉」

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