「播磨造船所の歴史③」を掲載しました。

2019.11.21.

「播磨造船所の歴史」を紹介するシリーズの3回目です。

P1030641.JPG大正5(1916)年4月、株式会社播磨造船所が発足すると鈴木商店の金子直吉は造船所の拡張に着手するため、北村徳太郎(後・播磨造船所支配人、神戸製鋼所佐世保出張所長、佐世保商業銀行頭取、運輸大臣、大蔵大臣)、福渡一雄ら少壮(しょうそう)有意(ゆうい)の幹部社員を相生に派遣しました。

北村は事務関係全般の責任者である事務課長として、まず喫緊の課題であった社宅・寮の建設を強力に進めると、続いて娯楽慰安のための播磨劇場、播磨造船所付属藪谷医院(後の播磨病院)を開設。さらに徒弟教習所、済美幼稚園を設立し、従業員および家族の教育にも力を注いでいきました。

写真は、旭地区に残され、現在も使用されている当時の社宅です。

詳細については、次の関連ページをご覧下さい。

鈴木商店の歴史>造船業への進出、播磨造船所・鳥羽造船所の設立>播磨造船所の歴史③

関連リンク

TOP