鈴木薄荷株式会社

「鈴木」の名を唯一受け継ぐ鈴木薄荷

鈴木簿荷株式会社は、砂穏や樟脳など「白モノ」の取引から成長し、三井三菱と肩を並べる総合商社になった鈴木商店が手がけて来た簿荷(ハッカ)事撲を継承しています。薄荷は、歯磨き粉、湿布、チューインガムのような菓子類、タバコなどに使われ、その特徴は清涼感にあります。

鈴木商店で薄荷に目を付けたのは、もちろん大番頭・金子直吉翁です。金子は明治19(1886)年に鈴木商店に入社しましたが、丁稚奉公時代にドイツ人経営のラスベ商会に樟脳を売りに行った際、薄荷を欲しがっている情報を聞きつけて、早速、薄荷のことを調べ上げて商売を開始しました。

明治35(1902)年には、神戸市雲井通りに薄荷製造工場を新設しました。これは、鈴木商店の樟脳工場(明治33(1900)年)に次ぐ直営工場でした。翌明治36(1903)年に、神戸市磯上通4丁目に薄荷工場を新設拡張して、年を追うごとにその取扱量は増加しました。アメリカに従業員を派遣し綿密な情報を聞いて万全に備え、品質優良な“鈴木ブランド”は特等品の扱いを受け、世界市場で行き届かない所はないほどに注文は激増しました。

昭和2(1927)年4月の鈴木商店事業停止後、第一次世界大戦後の恐慌の中、金子の直弟子だった楠瀬正一氏が7月に薄荷部門を独立させて鈴木薄荷合資会社を創設しました。以来、第二次世界大戦の空襲による工場全焼や、阪神大震災などの苦難を乗り越え、今日まで、簿荷一筋で事業に取り組んで来ています。

鈴木商店の事業を継示し発展した多くの企業がありますが、現在も『鈴木』の名称とカネタツの屋号を継承し発展している唯一の企業が鈴木薄荷株式会社です。

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