経済野話(現代訳・抄訳)⑨「貿易論」

1. 従来の学説によれば「商人は商行為を業とする者」であるとされているが、商人という階級は現在においても将来においてもその経済組織に決して不必要な階級ではない。なんとなれば商人は商行為の媒介者ではないが、物品の評価人であるからだ。

思うに生産者という階級と消費者という階級とは本来利害関係において相容れないものである。従って、もしこの両者が相互対立してその各自の利益を主張するときは我々経済社会においては争議が絶えずこのため、ある生産者側が不当に利得することがあり、あるいはまたこれに反し、消費者側が過当に利することがあり、あるいはまた時としてその価格の協定ができないため、例えば生産者側はその製品を過剰にストックすることとなり、やむなくあるいは投げ売りをし、ついには破産の悲運を招く窮地に陥り、その結果経済社会は絶えず混乱状態に陥るに至り、我々の社会は常に脅威されることとなる。

故に商人という階級がその間に介在し、公平に生産者側の製品を評価し、もって需要者側にこれを引き渡す使命を行うものであり、この使命を完了する必要上、その自己の評価額と需要者側のそれとが一致を見ないときには自己の危険と計算とでその製品を貯蔵し、適当な時期をまってこれを売りさばくのである。故に生産者側にとってはこれによって生産の仕事を持続することができるとともに、他方消費者側にとっても、直接に争いをおこなうことを避け、自己の適当な需要期にこれの買い入れを行い、その満足を得る結果となるのである。

要するに商人という階級があって両者の間に介在し、公平に製品の評価を行い、その実際の需要関係を調節すればこそ、ここに初めて我々経済社会の安固が保持されるに至るのである。理想の商人としての要件であるところの「投機または思惑をしないこと」とか「華美に流されず誠実を旨とすること」とかの格言は、ひっきょうこの商人という公平な評価人があればなおさら、その使命を全うする上で必要なものである。役人が法を準拠して仕事をするのと同様に商人もまたこの公平な評価人である自己の職務に準拠して商売を行うべきものなのである。

これをまとめると、商人という階級は、現在における経済組織において必要な階級であってこの点は国際商業すなわち外国貿易において、ことにその然る所以を有するものである。わたしはこれを否定する時代は我々の頭で考えて到底到来しないものであると信じる。

2. 近年、英国で失業者が増加した原因は、ドイツやベルギーほか大陸諸国の貨幣価値が下がって、英国の工業製品その他の商品の輸出が為替の関係で不振となったことによって英国の産業が衰え、失業者が増加せざるを得なかったのである。

米国においては、産業も旺盛で失業者も少なくなったようである。米国は農業国ともいえる国柄で、農産品の豊凶が常に経済社会に影響を与える。米国の農産品を欧州へ売ろうとしても、欧州に比べ米国の貨幣価値が高いため苦戦し、米国政府も多年の国是である相互不干渉の「モンロー主義」を諦めざるを得なくなった。

以上のように英米先進国の状態を観察すると、相手国の金の値の低さに翻弄されている。これを他面から見ると国際的に、「悪貨が良貨を駆逐している」といえる。「グレシャムの法則」が国際的に行われている。

3. 貿易国としてのわが国の状況を考えると、人口6,000万人、年々70万人の増加を擁する現状から、この人口を養う十分な資源がない。資源を海外に求めようとするも南方諸国はすでに欧州先進国の版図に属しており、支那各地もその人口多く、余剰がない。

こうして見ると東も西も南も三方ふさがりの状態で、従来見過ごして来た地域はといえば、北満、シベリアから沿海州があり、ここは是非とも日本人の手で開発しなければならない。

シベリアは、不毛の荒野と考えられるが、実に森林資源は豊富で天恵の地である。われわれ日本人から見て実に立派な宝庫である。

日本の宝庫といっても、それは決して併呑とか占領とかを意味するものではない。また、実際その必要もないのである。われわれはこのシベリアという日本の理想的宝庫を充分に開発し、その宝庫の出口である大連とウラジオと黒竜江の海運の発展にもっと力を注がなければならない。

満州もまた無限に広い沃野である。これら方面において、英国の取った政策を踏襲し、これらの物資の売買、運送に従事したならその恩恵は莫大なものとなろう。

われわれ日本人の富源開発の地は、南でも東でもまた西でもなく、ただただこの北方あるのみである。

4. 富源開発に運輸業、すなわち船舶、鉄道輸送業がいかに重要な関係があるかは、英国のインドにおける植民地経営を考えれば一目瞭然である。運送業が国富増進にいかに必要かが分かる。

しかし英国の場合、本国と植民地とが遠隔地にあった関係上、海運国として隆盛を極める自然的要件があったが、わが国の場合は、植民地と近く、航海距離も短いので 英国のように海運を発達させるには困難な事情がある。従って、わが国においては、満州、シベリアからの物資を欧州方面に売り込む。他方において南米のパナマとスエズの内側やアフリカ沿岸に拠点を建設し、同時に黒海方面に資源を求めて海運業の隆盛を図る。

5. 今後、わが国の貿易は、物資の源を北方または遠く西方、黒海方面に求め、運送業を興し、国富の増加を計るべきである。

                                 (完)

  • ト-マス・グレシャム
  • シベリアの大森林
  • 日本の人口の推移

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