「財界人物我観」に見る金子直吉像

福沢桃介が選んだ明治・大正期の財界人の人物評

明治、大正、昭和にわたって我が国の電力事業に貢献し、「日本の電力王」といわれた実業家で福沢諭吉の女婿・福沢桃介が自身と交遊のあった財界人を中心に人物評としてまとめたのが「財界人物我観」である。

経済雑誌ダイヤモンド誌上に掲載したものを昭和5(1930)年3月に同社より出版。財界人として取り上げた人物は、以下の18名で得意の舌鋒で鋭く分析している。

岩崎弥太郎、荘田平五郎、益田孝、小菅剣之助、川田小一郎、三井八郎右衛門、安田善次郎、團琢磨、原田二郎、豊田佐吉、鬼頭幸七、小山健三、各務鎌吉、片岡直輝 、金子直吉、佐々木勇之助、辰馬吉佐衛門、山下亀三郎

この財界人物我観の登場人物は、順不同のようだが、"岩崎弥太郎こそ財界において最も傑出した英雄と思う"として岩崎弥太郎をトップランナーに登場させているが、15番目に取り上げた金子直吉については、誰よりも多くページを割いて紹介している。

「四国の南端、土佐の国は、我が財界に二大偉人を送った。一人は岩崎弥太郎、もう一人は金子直吉だ。」と書き始め、岩崎について「彼が死んだ時の三菱の財産はせいぜい約二千万円、三菱汽船(後の郵船会社)と高島炭鉱くらいのものだった」とする一方、「鈴木商店すなわち金子の事業はとうてい弥太郎逝去当時の三菱の比ではなかった。」として鈴木の興した企業を紹介 している。

かくして福沢は、「金子は、我が財界におけるナポレオンに比すべき英雄だ」と最高の評価を下している。さらに「金子は、不幸にして事業は中途で蹉跌したとはいえ、世界をまたに手広く商網を張った財界の歴史的な英雄だ」と好意的に締めくくっている。

しかし、反面金子のあまりの堅物さに手厳しい言葉を浴びせている。「金子直吉は、婦人の愛情がどこから湧出するかを知らない。従って処するには汚い媒介物が必要だということをご存じない。あらたな要路の生き神様へしかるべきお賽銭をあげておくべき事を念頭にかけなかった。それが鈴木商店没落の最大原因だ」と金子が政界への献金等を一切しなかったことを皮肉ったものであろう。

外部リンク>財界人物我観(現代語訳)

  • 財界人物我観 福沢桃介著

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