④-1 鈴木商店と神戸高商

水島銕也校長の「学理と実務の両立」の教育理念が鈴木商店にて実践される

神戸高等商業(神戸高商)と鈴木商店とのつながりは、明治40(1907)年卒業第一期生の大久保弥十郎の入社から始まった。爾来、毎年数名の卒業生が鈴木商店に就職している。明治42(1909)年に卒業した第三期生の高畑誠一、永井幸太郎の神戸高商コンビが大活躍する大正期に入ると、毎年大量の卒業生が鈴木を就職先に選んだ。特に鈴木商店絶頂期の大正5(1916)年~8(1919)年の4年間に65名もの卒業生が採用されている。昭和2(1927)年までに入社した神戸高商卒業生は、120名余にのぼり、「高商派」と呼ばれ、高知商業高校出身者の「土佐派」と共に鈴木商店を牽引する原動力となった。 

下記"関連資料「神戸高商出身者」"をご覧ください。

こうした背景から鈴木商店は、神戸高商に度々寄附をしたことが記されている。

〇奨学金   3,000円  大正5(1916)年  鈴木よね / 10,000円  大正7(1918)年  鈴木よね / 10,000円  大正 9(1920)年  (合)鈴木商店

〇講堂建築  10,000円  大正7(1918)年  鈴木岩治郎

〇書籍
 1.Cotton Facts 他45冊 大正11(1922)年 高畑誠一(在ロンドン)
 
2.米国政府出版物152冊 大正11(1922) 年 鈴木商店サンフランシスコ支店
 
3.Chase Zinc Industry in Belgium他70冊 大正11(1922)年  同上

 (*上記金額を現在の貨幣価値に換算すると約5,000倍程度に相当すると考えられる。即ち、大正3(1914)年当時の米10kgの価格1.08円を現在の価格10kg 5,000円に換算すると5,000倍に相当する。)

上記の講堂は、神戸高商創立時の神戸葺合校舎に建設された。この建設資金は鈴木商店のほか、山下亀三郎(山下汽船)、勝田銀次郎(勝田汽船、後の神戸市長)からの寄附を得て建設された。大正8(1919)年の新講堂開堂式の後、文部大臣中橋徳五郎の巡視を得た。                                         

関連資料

  • 大正8(1919)年第13期生の入社記念撮影
  • 神戸高商葺合校舎講堂
  • 中橋文相(右から4人目、2人目は、水島校長)巡視(大正8年)

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