上羽幌小学校・上羽幌中学校

65年の歴史を誇る学校

明治29(1896)年から同35(1902)年頃にかけて羽幌御料地には30戸近くが入植しており、その子弟の教育に対する関心は高かったが、離農者が多いため関係当局はなかなか学校設置を許可しなかった。明治37(1904)年秋、この状況を憂慮した小山与三松氏は自宅を提供して地域の子弟十数名を集め、私費で初歩的な教育を開始した。

明治39(1906)年4月16日、ようやく羽幌御料第一簡易教育所として認可され、小山氏の建物を使用して開校。明治40(1907)年2月9日、学校用地について帝室林野局から15年間の無償貸与を受け、校舎を新築し移転。                                       

明治41(1908)年8月13日、苫前郡羽幌御料第一教育所に改称。義務教育4年制から6年制に改制。大正6(1917)年4月1日、尋常小学校に昇格し、羽幌御料尋常小学校に改称。昭和16(1941)年4月1日、羽幌御料国民学校に改称。

昭和22(1947)年4月1日、羽幌御料小学校と改称。同年以降、香川県からの入植をはじめ樺太・満州引揚者などが入植したが、立地条件が悪いため年を経ずして離農していった。しかし同年8月、羽幌炭砿の上羽幌抗が開坑すると地域住民が一気に増加。これに伴い児童数も急増し、昭和34(1959)年には12学級を数えるようになった。

同地区の中学校は昭和25(1950)年12月、羽幌中学校平分校上羽幌分校が羽幌御料小学校に併置され、授業を行っていた。昭和26(1951)年12月1日、同地区に待望の中学校の開設が認可され、同小学校に上羽幌中学校が併置され2教室を増築。その後も毎年のように増築を重ねた。

昭和28(1953)年6月1日、羽幌御料小学校は上羽幌小学校に改称。小学校と中学校が一体として運営された。その後も炭砿の発展とともに児童数が急増し、多い時で小中学校合わせて18学級にもなった。

しかし、昭和45(1970)年11月の炭砿の閉山に伴い児童数が急減し、上羽幌小学校は昭和46(1971)年10月31日に閉校。翌11月1日に羽幌中央小学校に統合され、およそ65年の歴史に幕を下ろし、上羽幌中学校は同年9月30日に廃校となり、およそ20年の歴史に幕を下ろした。

上羽幌小中学校は上羽幌坑の神楽台に位置していた。現在、その跡地はわずかに建物の基礎部分などを残すのみとなっている。

小学校の体育館の建物は昭和47(1972)に「レストパーク」(旧・国鉄羽幌線跡地)の南側に移設され、「羽幌町勤労青少年ホームレクリェーション大ホール」(旧・町民体育館)として、「羽幌町総合体育館」(パワデール)とともに、羽幌町民のスポーツ振興の一翼を担っている。

  • 上羽幌小中学校跡(平成24年5月)
  • 旧・上羽幌小学校体育館(平成25年頃)
  • 上羽幌小中学校の航空写真(当時)

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