辰巳会・会報「たつみ」シリーズ⑫「第12号」をご紹介します。

2020.9.23.

たつみ第12号表紙.png「たつみ第12号」は、"辰巳会発会10周年記念号"として昭和45(1970)年1月20日に発行されました。本号表紙裏には、某旅館で寛ぐ金子直吉(実際には辻湊と一緒の写真の一部)の写真と西川文蔵を囲んだ記念写真(大正初年頃)が、裏表紙裏には、台北済美寮での元旦記念写真(大正6年)が載っています。(詳細は、下記の関連資料をご覧ください。)

 鈴木商店に在籍した個人会員により発足した「辰巳会」は、予てより鈴木商店ゆかりの企業の協賛を呼びかけ、愈々本年11月より「辰巳会法人会員制」が発足することが決まり、それに先立ち関連各社より続々と協賛の申し出があり、さらに本たつみ誌への広告掲載の申し出があった。昨年昭和44(1969)年12月15日現在、賛助法人は、"別格5社"(神戸製鋼所、帝人、日商岩井、太陽鉱工、羽幌炭砿鉄道)を含め33社、賛助金額は総額2,480,000円にのぼった。

 鈴木時代の活動や同僚、先輩を偲ぶ投稿のほか、鈴木系中核企業3社(神戸製鋼、帝人、日商岩井)の提携など幅広い記事が掲載されています。

◇「関東大震災と東京・名古屋支店」 網干尚明

 関東大震災に関連した投稿では、「たつみ第10号」に曽根好雄氏が新入社員として赴任間もない"横浜支店時代"に震災に遭遇し、多くの被災者と共に貨物船で神戸本店に避難した模様が綴られているが、同じ時期に名古屋支店石炭部長だった筆者が、本店の指示で関東一体の通信手段が途絶えたので急遽東京へ行って東京支店の様子を報告せよとのこと。

 名古屋駅を後にし、行ける処まで行くつもりだったが、汽車は静岡・江尻駅で止まってしまった。偶々、関釜連絡船が回航して清水港から横浜港へ向かうことを鈴木の清水製油工場(後の豊年製油)から聞きつけ、これに便乗、翌日横浜港に到着。横浜からは電車で川崎へ出て、ようやく東京支店にたどり着くも、支店建物は傾き人影無く、大井の社員寮(品川区大井町)が連絡場所になっていることを知る。

 大井寮に着き、東京支店の社員を信越線・篠ノ井経由、数度にわたってピストン往復して名古屋に避難させた。この時の功労に対し、後日お家さんからと金一封を頂いた。50円の慰労金であったが、当時としては莫大な金額であった。(詳細は、下記の関連リンクをご覧ください。)

◇「楓さんの人間像を偲ぶ」 澤村亮一

 本年(昭和45)年8月6日に故楓栄吉氏の13回忌の法要が神戸・祥龍寺で営まれるとの知らせを受けた。楓氏の人間像を偲び、氏のプライベートなエピソードを紹介したいと投稿している。(詳細は、関連リンクをご覧ください。)

◇「スラバヤ懐古」 宇津木亥一

 インドネシア第二の都市・スラバヤ(ジャワ島)は、かつては 鈴木商店にとって素晴らしい宝庫であったと云う。ジャワ全島の砂糖生産量年間200数十万トンの買い付け高の首位を占めた鈴木商店は、内地需要の他、欧州、アフリカ、近東(中近東)、インド、中国、東南アジア各地へ輸出し、莫大な利益を上げていた。

 大正11(1922)年11月から同15(1926)年12月までスラバヤに赴任した筆者は、寺崎栄一郎氏(神戸高商第6期生)と大久保弥十郎氏(神戸高商第1期生) の二代の支店長の下で勤務した。

 大正末期、年間数億ギルダー(大正中期の換算レートでは、1ギルダー=470円程度)の取り扱いを記録したスラバヤ支店は、20代、30代の若い社員で運営されていたが、これら社員の住んだ社宅は、スラバヤ最大の邸宅でテニスコートを備えた石造二階建ての豪華建築で、ここに住むことに一種のプライドさえ持っていた。

 雨季が明けて乾季に入る4月には、支店は俄然繁忙を極め、年末の降誕祭の頃までジャワ各地の砂糖積出港はいずれも賑わった。(詳細は、下記の関連リンクをご覧ください。)

◇「続 宇治川夜話(済美寮時現考)」 黄旗亭

 鈴木商店の家族主義を象徴する「済美」は、和の精神の真髄を意味する"美を済す"から。語源は、中国の古典「春秋左氏伝」の"世済其美、不隕其名"(世々その美を済し、その名をおとさず)にあり、"美徳を成就すること"を意味する。済美の名を関した独身寮は、本店周辺だけでも布引、須磨、北野、岩屋、柳田、中山手にあり、中でも"布引済美寮"は、元のオリビアホテルを買収した独身寮で、2階建て洋風建物3棟が建ち200人近い大所帯が起居していた。若き日の日野誠義、高畑誠一、大屋晋三などもその一員であった。

 この"オリビヤ"の中で特殊な存在であったのは、給費学生の一群であった。本店各部に配属された中から選りすぐられた優れた秀才たちで、専ら勉学に励んでいた。鈴木商店の次代の幹部として嘱望された若者たちであった。(詳細は、関連リンクをご覧ください。)

◇「神戸製鋼、帝人、日商岩井が提携」 45.1.5 サンケイ新聞掲載

 帝人・大屋晋三社長の提案で旧鈴木商店を母体とする神戸製鋼、帝人、日商岩井の3社が提携することを決定、「三社会」を結成することになった。このほど外島健吉(神戸製鋼)、大屋晋三(帝人)、辻良雄(日商岩井)の各社社長が初会合を開き、未来事業を共同開発することなど合意をみた。(詳細は、下記の関連リンクをご覧ください。)

 

 

 

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