帝国興信所が作成した「鈴木商店調査書」シリーズ㉖「東京毛織株式会社」(調査書P146~153)をご紹介します。

2026.2.2.

「鈴木商店調査書」をご紹介するシリーズの26回目です。

toukouseijyuukoujyou.png大正6(1917)年、東京毛織物(明治39年、東京府北豊島郡南千住町に設立)、東京製絨(明治20年、北豊島郡王子村に設立)、東洋毛織(大正4年、明治13年に芝区白金台に創業した後藤毛織製造所の後身・後藤毛織を鈴木商店が買収し、東洋毛織に改称)の3社が合併し、資本金を1,100万円とし東京毛織(株)に改称しました。(左の画像は、東京製絨工場 [後の東京毛織工場] です)

これにより、東京毛織は鈴木商店の系列会社となり、鈴木からは藤田謙一が専務取締役に、井田亦吉、西川玉之助が取締役に就任しました。

toukyoukeoritoukyoukoujyou.png以後、同社は鈴木商店の紡績事業の中核会社として運営され、営業所は千住本店、大井支店、王子支店、大垣支店、工場は千住工場(旧・東京毛織物工場)、王子工場(旧・東京製絨工場)、大井工場(旧・後藤毛織大井工場)、大垣工場(旧・後藤毛織大垣工場)、大阪泉尾工場(旧・泉尾綿毛紡績工場、大正7(1918)年7月に合併)の5工場体制で、生産能力は1,000万ヤードまで伸長し、わが国の毛織物事業に独占的な地位(シェア63%)を占めました。(右の写真は、東京毛織大井工場の内部です)

その後、同社は昭和に入り合併、倒産等により鐘淵紡績、鐘紡、カネボウ、KBセーレン と変遷を重ね今日に至っています。

toukyoukeorimono.png調査書の「沿革及現状」には、次のように記されています。

「本社(東京毛織)は元東京毛織物の後身であり、同社(東京毛織物)は資本金200万円、払込160万円にて日比谷平左衛門氏を会長とし経営して来て、一時は業況が良くない時代もあったが第一次世界大戦後はロシアの軍需品の引き受け、輸入減少等の理由により紡績業界が次第に好調になったことから、業況は面目を一新し、一時は増資説さえ広まったが、大正5年11月になって、ほとんど疾風しっぷう迅雷じんらい的に鈴木商店系統の東洋毛織(資本金300万円、全額払込)と合併仮契約を締結し、世間の人々を驚かせたが、さらに急転して東京製絨せいじゅう(資本金200万円、120万円払込)との合併談が突然起こり、着々と交渉が進行して大正6年2月28日に合併が成立したので、同日をもって東洋毛織、東京製絨の二会社は解散の手続を行い、3月3日付けで東京毛織物に合併、社名を東京毛織株式会社と改称し、資本金を1,100万円に増額し‥‥」(上の写真は、東京毛織物工場 [後・東京毛織千住工場] 全景です。画像提供:渋沢史料館)

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