西田仲右衛門

鈴木商店・お家さんの実兄で、北浜で大相場師とよばれた勝負師

神戸取引所役員・西田仲右衛門

姫路船津米田町の塗師・丹波屋初代西田仲右衛門の長男で、幼名松之助。二代目仲右衛門を名乗るも家業は継がず、大阪にて「洋銀両替商」を営む。鈴木岩治郎に嫁したよねの実兄。

明治16(1883)年設立の「神戸株式取引所」が商況不振から解散となり、西田仲右衛門ら8名が再建を図ったが不調に終わった。明治20(1887)年、復活の機運高まり、「神戸区取引所」として再開が図られた。その発起人は、鈴木岩治郎、西田仲右衛門、池田貫兵衛ら24名が名を連ねた。

洋銀両替商として大阪で名をなした西田仲右衛門は、「堂島の大砲の親分」といわれ、晩年には北浜で「座頭の大相場師」と異名をとるほど相場の世界で成功を収めた。  

また後年、鈴木商店の後継会社として出発した日商(後の日商岩井を経て現・双日)が、業容拡大して昭和13(1938)年に大阪・今橋に新社屋を建設したが、この土地の所有者が西田仲右衛門であったことから、土地の手当てがスムースに運んだ経緯があった。

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